悪魔的経済学

プリンタのカートリッジはなぜ高いのか ~ 池田信夫 blog


この問題は法的には係争中であり、判例もわかれているが、経済学的に重要なのは、これはサラ金と同じく近視眼バイアスを利用した「悪魔的ビジネスモデル」だということである。上にリンクを張ったForbesの記事の例では、エプソンの純正カートリッジは30ドルなのに、再生品は5ドルだ。1ヶ月に2回インクを換えるとすると、差額は1年で600ドル。中級のプリンタが1台買える値段である。

悪魔的ビジネスモデル ~ 池田信夫 blog


このトリックのポイントは、元金というストックの大きさを隠し、金利というフローだけを見せるところにある。行動経済学的にいえば、近視眼バイアスをうまく利用しているわけだが、ストックとフローの関係を混乱させて消費者を欺く悪魔的ビジネスモデルは、サラ金だけではない。携帯電話の端末が0円で買えるのは、その価格(ストック)が通話料(フロー)に上乗せされるからだし、ゲーム機の価格が安いのもゲームソフトのライセンス料で回収するからだ。プリンタは安いがインクカートリッジが高いとか、エレベーターは安いが修理費用が高いなど、ストックの価格をフローに分散して安く見せかけるトリックは多い。


サラ金の問題は、むしろその商品を正しく認知させないでロックアップを掛ける(掛かってしまう)ことにあると思われる。後にそれが自分の欲したものではないことを認知したときに、その取引から離脱できないことが問題だ。住宅ローンや生命保険だって、長期計画は示すけれども支払総額、すなわち商品選別にあたってもっとも重要と思われる商品の値段は積極的に示されない。ロックアップを掛けられたユーザにとって、あとでその金額を認識することは問題であろう。


プリンタやビデオゲームのビジネスモデルでは、ロックアップは掛からない。カートリッジの値段が高ければその取引から離脱し、そのメーカーのプリンタやゲーム機をもう買わないと誓えば良い。この場合における本体価格の安さは寧ろユーザにとっての救いである。更にゲーム機の場合は、ユーザにとってそれはただの箱であり別途ゲームソフトをすぐに(通常は同時に)買わなければならないことを認知しているのであり、従って本体購入時にフローの問題を認識していると考えるのが妥当だ。


一方で、本体価格を高くして(それで採算が取れるようにして)、カートリッジに転嫁しないビジネスモデルにおいても、その期待される機能(例えばはがき印刷)の説明がはっきりとされていない場合には問題が生じる。商品返品が認められない限り(問題を知るまで使ってしまった)、ユーザはその価値に見合わない対価を支払わされる。


他のプリンタメーカーが、安いカートリッジを使用できる高いプリンタの販売が自由にできない、というのなら不公正競争であろう。しかしその事実はない。もっとも、カートリッジ再生業者の行為がプリンタメーカーの特許を侵害しているか否かというのは別問題である。仮にその行為が特許権を侵害しておらず違法でないと判断される場合、それはそのビジネスモデルの崩壊を意味するのであって、プリンタメーカーは他のビジネスモデルを模索しなければならない。ただそれだけである。


間口を広くするこの種のビジネスモデルは、ユーザとの継続的取引を必要とするビジネスで多くみられるけれども、それがすなわちユーザを欺く悪魔的なものであるというのであれば、世界は全くつまらないものになってしまう。ユーザが初期コストに見合う価値をその時点で正しく判断できなければ事を起こせないような世界は、ほんとうに天使の世界なのだろうか。


今こうして無料で投稿した記事について、将来的にはてなから保管料を請求されることになるかもしれない。そうしない保証をおそらくどこのWebサービスもやっていないし、その可能性を否定もしないだろう。つまりWebサービスは氏言うところの悪魔になりうる。果たしてWebは悪魔だろうか。その時点でユーザにロックアップが掛かっていない以上、それは健全なるビジネスモデルだ。ユーザはデータを持ってほかに移ればいい。もっとも、データの簡単なエクスポート機能を持たないWebサービスは実質的なロックアップであり将来問題を引き起こすかもしれない。


ちなみにインク代の差額では、悪魔のビジネスモデルにおけるプリンタしか買えない。